看護教育

看護師等養成所の指導ガイドラインに「ハラスメント」が加わった日

令和5年改正で、養成所に求められる水準はどう変わったか

公開日:2026年8月19日 執筆:小野 純也(博士・医学)

看護師等養成所の運営を規律する厚生労働省の指導ガイドラインに、「ハラスメント」という言葉が明記されたのは、令和5年(2023年)のことです。改正されたのは条文一つ分の短い記述であり、現場で話題になる機会は多くないように見受けられます。しかし、この改正が求めている中身は決して小さくありません。本稿では、新旧対照表を突き合わせながら、何が変わり、養成所に何が求められるようになったのかを整理します。

SUMMARY

結論:何が変わったのか

改正されたのは、指導ガイドライン 第5-1-(13) です。変更点は三つあります。

第一に、相談の対象として「ハラスメント等」が明記されたこと。第二に、「養成所内のハラスメント防止に必要な体制を整備すること」という一文が新たに加えられたこと。第三に、相談担当者自身が支援を受けられる体制の確保が、より明確に位置づけられたことです。

つまり、それまで「学生の生活相談の担当者を置きましょう」だった規定が、「ハラスメントの相談を受ける体制と、ハラスメントを防止する体制の両方を整えましょう」へと変わったことになります。

THE AMENDMENT

新旧対照

厚生労働省が公表している新旧対照表から、該当箇所を引用します。追加・変更された部分に下線を付しました。

改正後(現行)

学生の生活やハラスメント等に対する相談、カウンセリング等を行う者が定められ、当該者が必要な支援を受けられる体制の確保等の工夫を講じることが望ましいこと。

加えて、看護師等養成所内のハラスメント防止に必要な体制を整備することが望ましいこと。

改正前

学生の生活相談、カウンセリング等を行う者が定められていることが望ましいこと。また、カウンセリング等に関して当該者が支援を受けられる体制の確保等の工夫を講じることが望ましいこと。

出典:厚生労働省「看護師等養成所の運営に関する指導ガイドライン」第5-1-(13)(平成27年3月31日医政発0331第21号/最終改正 令和5年5月11日医政発0511第5号、令和5年6月1日より適用)

READING THE TEXT

三つの読みどころ

(1) 「生活相談」から「生活やハラスメント等に対する相談」へ

改正前の条文にあったのは「生活相談」という言葉でした。従来もハラスメントの相談が生活相談の範疇から排除されていたわけではありません。しかし明文がない以上、体制整備の焦点は学修・進路・健康といった一般的な学生生活の支援に向きやすくなります。

今回、「ハラスメント等」が名指しされたことで、相談体制がカバーすべき範囲が明示されました。自校の相談体制を点検する際、「ハラスメントの相談を受ける想定になっているか」という問いが正面から立つことになります。

(2) 「防止体制」という新しい要求

より重要なのは、後段に追加された一文です。

加えて、看護師等養成所内のハラスメント防止に必要な体制を整備することが望ましいこと。

これは相談体制とは別の要求です。相談は、起きてしまったことへの対応です。それに対して防止体制は、起きる前に働きかける仕組みを指します。研修、方針の明示、規程の整備、実態把握などがこれに当たります。

つまり改正後の第5-1-(13)は、「相談」と「防止」の二階建てになっています。窓口を一つ置いただけでは、後段には応えられません。

(3) 相談担当者を孤立させない

見落とされやすいのが、「当該者が必要な支援を受けられる体制の確保等の工夫」という部分です。

ハラスメント相談を受ける立場は、想像以上に負荷が高いものです。相談内容は重く、守秘義務があるため学内で共有できず、しかも相談の対象が同僚である場合すらあります。担当者が一人で抱え込み、疲弊していく構図は珍しくありません。

改正前の条文では、この支援は「カウンセリング等に関して」と限定されていました。改正後は、その限定が外れています。相談担当者を支える仕組みまで含めて体制と捉える、という方向性が読み取れます。

LEGAL WEIGHT

「望ましいこと」は義務ではない。では、なぜ効くのか

条文の末尾は、いずれも「望ましいこと」です。この表現から、「努力目標に過ぎないのでは」と受け取る方もいるかもしれません。

法的な位置づけを正確に述べれば、この通知は地方自治法第245条の4第1項に基づく技術的助言です。国が都道府県に対して行う助言であり、それ自体が養成所に直接の法的義務を課すものではありません。

しかし、実務上の影響はここで終わりません。仕組みはこうなっています。

STEP 1 厚生労働省の指導ガイドライン

地方自治法に基づく技術的助言として、都道府県に示される

STEP 2 都道府県の養成所指導要綱

各都道府県が、国の改正を受けて自県の要綱を改正する

STEP 3 各養成所

実地指導・自己点検の着眼点として、説明を求められ得る

養成所を直接指導・監督するのは、指定権者である都道府県です。そして都道府県は、国のガイドライン改正を受けて自県の指導要綱を改正します。実際、神奈川県は国のガイドライン改正を受けて県の指導要綱を改正した旨を公表しています。

したがって、「望ましいこと」であっても、それが都道府県の要綱に取り込まれれば、実地指導の際に説明を求められ得る事項になります。

加えて、指導ガイドライン第9-5は、養成所が自ら評価を行い、その結果を公表することを求めています。自己点検・自己評価の項目としてハラスメント対応体制を問われたとき、「窓口はありますが利用実績はありません」という回答で足りるかどうかは、考えておくべき論点でしょう。

THE GAP

パワハラ防止法との「すきま」

ハラスメント対策というと、いわゆるパワハラ防止法(労働施策総合推進法)を思い浮かべる方が多いと思います。同法は事業主に対し、相談に応じ適切に対応するために必要な体制の整備を義務づけています。中小企業を含めて義務化されており、養成所も事業主として対象になります。

ただし、ここには構造的な限界があります。同法が保護する対象は「雇用する労働者」です。

養成所において、教職員は労働者です。しかし、学生は労働者ではありません。

つまり、教職員から学生へのハラスメント、あるいは実習指導者から学生へのハラスメントは、パワハラ防止法の体制整備義務が直接カバーする範囲の外側にあります。

学校教育法にも、この点を包括的に規律する規定は置かれていません。指導ガイドライン第5-1-(13)の改正は、まさにこの「すきま」に手当てをするものとして読むことができます。労働法制では届かない領域を、養成所の運営指針の側から埋めにいった、という位置づけです。

看護基礎教育においては、臨地実習という形で、学生が学外の職業人と長時間・密接に関わります。しかも学生にとって実習は単位取得と資格取得に直結しており、指導する側との関係は必然的に非対称になります。この領域が法制度上の空白になっていることの意味は、決して小さくありません。

SELF-CHECK

自校で確認したい四つの問い

改正を踏まえ、自校の体制を点検するなら、次の四点が出発点になります。

問1相談担当者は定められているか。それは「ハラスメントの相談を受ける」と明示されているか

担当者が置かれていても、その役割が生活相談・学修相談として説明されているだけなら、条文の前段に十分応えているとは言いにくいでしょう。

問2防止のための体制は何かあるか

方針の表明、規程、研修、実態把握。相談窓口とは別に、これらが用意されているかどうかが後段の要求です。

問3相談担当者を支える仕組みはあるか

担当者が一人で抱えていないか。困ったときに相談できる先が、担当者自身にあるか。

問4学生から見て、その窓口は使えるか

これが最も難しい問いです。相談窓口の担当者が、同時に学生の成績や実習を評価する立場にある場合、学生には「相談したことが評価に響くのではないか」という懸念が残ります。これは担当者個人の資質とは無関係に、役割の重なりから構造的に生じるものです。

相談が一件も上がってこないことは、問題がないことを意味しません。むしろ、窓口が機能していない可能性を検討する材料になります。

CLOSING

おわりに

指導ガイドラインの改正は、条文にすればわずか数行です。しかし、そこに「ハラスメント」の四文字が入ったことは、国が養成所に求める水準が一段上がったことを意味します。

大切なのは、条文に形式的に対応することではありません。学生が声を上げられる経路が実際に存在し、それが使われているかどうかです。ハラスメント対策の実効性は、規程の有無ではなく、声が届く構造があるかどうかで決まります。

自校の体制を点検する際、本稿が何かの手がかりになれば幸いです。

AUTHOR
小野 純也(Junya Ono)Ph.D.

博士(医学)。株式会社コノラボ 代表取締役。PLOS ONE Academic Editor。アカデミック・ハラスメントの撲滅を目指す非営利国際団体 Academic Parity Movement(APM)International Advisory Board Member。大学・養成所における研究倫理およびFD/SD研修の企画・登壇多数。

【利益相反の開示】本稿の執筆者は、看護専門学校向けの外部ハラスメント相談窓口サービスを提供しています。本稿は制度の解説を目的としたものであり、特定のサービスの導入を推奨するものではありません。

REFERENCES

参考資料

本稿で扱った第5-1-(13)は、令和5年5月11日改正(医政発0511第5号、令和5年6月1日適用)で現在の条文になりました。その後、令和7年2月25日にも一部改正(医政発0225第7号、令和8年4月1日適用)が行われていますが、同改正で変更されたのは第1・第4・第6および様式であり、第5-1-(13)の内容は変更されていません(新旧対照表で確認)。

なお、都道府県の指導要綱は国の改正を受けて順次改正されています。実務上の判断にあたっては、最新版の条文および所管都道府県の指導要綱をご確認ください。

本稿は制度の解説であり、法的助言ではありません。個別の事案への対応については、専門家にご相談ください。

更新履歴

2026/08/19 公開(令和7年2月25日改正を確認し、第5-1-(13)に変更がないことを注記)