看護教育

学生を守り育てる「四つのアクセス権」

精神論に頼らない、養成所のための構造的エンパワーメント

公開日:2026年8月19日 執筆:小野 純也(博士・医学)

前二稿では、学生が沈黙する仕組みと、それを支える文化的な構造を見てきました。最終稿では処方箋を扱います。ただし「学生のレジリエンスを高める」といった個人の適応力に頼る話ではありません。炭鉱のカナリアが倒れたとき、カナリアを鍛えようとする人はいません。必要なのは、坑道の空気を変えることです。本稿では、指導ガイドラインが求める「相談体制」と「防止体制」を、実際に機能する形にするための考え方を述べます。

PREMISE

個人の強さではなく、場の強さを

学生が実習でつまずいたとき、その原因を本人の準備不足や打たれ弱さに求めるのは自然な発想です。実際、学習支援やメンタルヘルス対策といった、個人の適応力を高める取り組みが多く行われています。

しかし前二稿で見たとおり、学生が沈黙し離脱に至る原因は、心の弱さにはありません。無視が脳に痛みを生じさせ、恐怖が認知機能を下げ、通過儀礼の文化が声を封じ、形だけの窓口が訴えを無効化する。これらは環境の側の問題です。

したがって、対策も環境の側に向ける必要があります。ここから述べるのは、精神論ではなく構造を変えるための具体策です。

EMPOWERMENT

「四つのアクセス権」を学生に渡す

鍵となるのが、組織心理学における構造的エンパワーメントという概念です。

エンパワーメントというと「学生を励ます」「自信を持たせる」といった精神的な関わりだと誤解されがちですが、本来の意味はもっと物理的です。それは、必要な資源や権限へのアクセス権を与えることを指します。

Wingら(2015)やRenとKim(2023)の研究は、新人が職場から四つのアクセス権を与えられたとき、いじめの影響が緩和され、メンタルヘルスや定着が改善することを示しています。これを養成所の文脈に置き換えると、次のようになります。

1情報へのアクセス

「学生は言われたことをやればよい」という情報の遮断は、無力感を助長します。実習の目的、評価基準、なぜその手順なのかという背景。これらを透明性を持って共有してください。情報を知らされているという事実だけで、学生は自分が学習者として扱われていると感じます。評価基準の共有は、実習評価をめぐるトラブルの予防そのものでもあります。

2サポートへのアクセス

ここが最も重要です。Rushら(2014)が示したとおり、ハラスメントを受けている者ほど助けを求められなくなります。したがって「困ったら言ってね」という受動的な姿勢では届きません。担当教員が不在でも、誰にでも質問してよいというルールを構造として担保する必要があります。相談の入り口を複数用意することが、沈黙を解く鍵になります。

3資源へのアクセス

ここでの資源は、主に時間です。膨大な実習記録を課しながら、書く時間を与えず、しかも睡眠時間を確保せよと求めていないでしょうか。これは二重拘束です。記録の量、提出期限、必要な物品の配置。これらの調整は、学生の努力ではなく学校側の設計の問題です。

4機会へのアクセス

「あなたにはまだ早い」と挑戦の機会を奪い続けることは、成長意欲を削ぎます。患者の安全が確保される範囲で、失敗が許容される機会を公平に与えること。ここでいう「公平に」は重要で、前々稿で述べたトークニズムの観点からも、特定の学生だけが機会を得にくくなっていないかの確認が必要です。

DISTRIBUTION

指導を一人に背負わせない

臨地実習では、一人の教員または実習指導者が特定の学生グループの全責任を負う形が一般的です。この構造には、二つのリスクがあります。

学生の側 相性が悪ければ、逃げ場がない

その指導者との関係だけで、実習の成否が決まってしまう

指導者の側 過重なプレッシャーがかかる

前稿で述べたオーバーコミットメントの温床になる

前稿で見たとおり、報われない過剰な努力によるストレスは、最も立場の弱い学生への攻撃性として噴出することがあります。個人の献身に依存した指導体制は、双方を消耗させます。

対処の方向は、複数の目で関わる体制です。学年の異なる教員、実習調整者、教務主任が重層的に関わり、学生から見て相談できる相手が複数存在する状態を作ること。これは指導の質を落とすためではなく、一人に集中した負荷を分散させるためです。

BEYOND FORM

「窓口はある」から「機能している」へ

制度を作るだけでは足りません。窓口はある、規程も作った。それなのに機能していない。前稿で触れた象徴的コンプライアンスの状態です。

形だけの対策は、学生に「学校は自分の側ではない」という決定的な失望を与え、問題を地下に潜らせます。では、機能しているかをどう確かめるのか。

相談件数は、機能の指標にならない

件数がゼロであることには、少なくとも二つの解釈があります。本当に事案が発生していない場合と、窓口が使われていない場合です。後者の可能性を検討しないまま「良好」と結論づけることはできません。

日本看護学校協議会の報告書は、学生向けのハラスメント意識調査のアンケート案を収録しています。設計に二つの特徴があります。

  • 同じ設問を学生と教職員の双方に実施する ─ 両者の認識の差が可視化されます。教職員が「適切な指導」と考えている項目を学生が「ハラスメント」と受け取っているなら、そこが対策すべき箇所です
  • 「相談しない理由」を直接尋ねる ─ 選択肢には、改善されないと思うから、評価などで不利益を被るから、といったものが並びます

この扱いについては、自己点検・自己評価に関する記事で詳しく述べました。測るべきは件数ではなく、言えない理由の有無です。

THIRD PARTY

第三者の風を入れる

閉鎖的な組織の力学を打破するには、外部の視点が要ります。

BrummerとBamkin(2024)は、日本の科学技術大学においてオンブズマン制度が導入され始めていることを報告しています。オンブズマンとは、組織の指揮命令系統から独立した立場で苦情を聞き、中立的に調査・調停を行う専門家です。守秘義務と独立性が担保されているため、報復を恐れる立場の者でも声を上げやすくなります。

養成所の文脈では、この論点はより切実です。前々稿で述べたとおり、学生にとって教員は指導者であり同時に評価者です。学内の相談窓口の担当者もまた教員であることが多く、相談する相手が自分の進級を握っているという構造は、担当者の人柄とは無関係に生じます。

前掲の報告書も、相談窓口の設置がハラスメント対応の起点であるとしたうえで、学内の窓口のみでは相談すること自体をためらう場合が想定されることから、外部機関の相談窓口も用意することが理想であると述べています。あわせて、相談窓口への相談は被害を受けた当事者に限らず誰でも可能であると周知することが望まれる、とも指摘しています。

相談者を守るという約束

もう一点、報告書が強調しているのが相談者保護です。パワハラ防止法は、相談したことや調査に協力したことを理由とする不利益取扱いを禁じています。報告書は、これに倣って養成所においても、相談や調査協力によって一切不利益を受けないこと、関係者が相談者を詮索する行為をした場合には懲戒処分の対象となりうることを周知徹底するとよい、としています。

この約束が学生に伝わっていなければ、どれほど立派な窓口も使われません。

LEADERSHIP

管理者に求められるもの

こうした環境を作るために、学校長や教務主任に求められる資質とは何でしょうか。

Laschingerら(2012, 2016)の研究群が導き出した答えは、カリスマ性でも強力な統率力でもなく、「真正なリーダーシップ」でした。その特徴は三つです。

SELF-AWARENESS 自己認識

自分の限界を認め、それを隠さない

TRANSPARENCY 透明性

不都合な情報もオープンにする

ETHICS 倫理観

世間体や保身ではなく、教育の正義に基づいて判断する

研究によれば、リーダーが誠実に関わる姿勢を見せたとき、職場には「礼節の規範」が生まれます。「ハラスメントは許さない」と口で言うだけでなく、管理する側が不都合な事実から逃げない姿勢を示すこと。それが、陰湿な行動に対する最も強い抑止力になります。

実習で学生がインシデントを起こしたとき、「学生の確認不足ではなく、そこまでの負荷をかけた我々の配分の問題です」と言える人がいるかどうか。その一言で、場の空気は変わります。

CHECKLIST

実践チェックリスト

最後に、自校の体制を点検するためのチェックリストを示します。自己点検・自己評価の記述を組み立てる際にも使えます。

1沈黙を、能動的に解く

学生から相談が来ないとき、「問題なし」と判断せず、言えない状態にあるかもしれないと仮定して、学校側から確かめにいっているか。

2指導体制を分散させる

特定の教員や実習指導者に全責任を負わせず、学生が孤立しない構造を作っているか。指導する側のケアも行っているか。

3情報と時間を渡す

「見て覚えろ」ではなく、評価基準や背景情報へのアクセスを保証しているか。実習記録を書く時間を確保しているか。

4通過儀礼を正当化しない

「昔はもっと厳しかった」という言葉で理不尽な指導を正当化する空気を、管理する側が自ら否定しているか。

5少数派を包摂する

男性学生、社会人経験者など、少数派の学生が実習グループで孤立していないか。意図的に働きかけているか。

6相談者を守ると明言する

相談や調査協力によって不利益を受けないことを、学生と教職員の双方に周知しているか。相談者を詮索する行為の扱いを定めているか。

7組織としての勇気を示す

訴えがあったとき、学校の面子を守ることより、当事者のケアと事実の究明を優先する姿勢を見せているか。

CLOSING

おわりに

学生が去っていくのは、彼らが弱いからではありません。私たちが作り出した環境の中で、自分を守るために去っていきます。

しかし、応答は返ってきます。「分からないことを分からないと言っても許される」「困ったときに誰かが助けてくれる」と確信できたとき、学生は沈黙を解きます。

指導ガイドライン第5-1-(13)が令和5年の改正で求めるようになったのは、相談体制と防止体制の整備でした。それを条文への形式的な対応で終わらせるか、実際に声が届く構造にするか。沈黙を破るのは、学生の勇気ではありません。まず学校の側が変わろうとすることからしか始まりません。

全3回にお付き合いいただき、ありがとうございました。

AUTHOR
小野 純也(Junya Ono)Ph.D.

博士(医学)。株式会社コノラボ 代表取締役。PLOS ONE Academic Editor。アカデミック・ハラスメントの撲滅を目指す非営利国際団体 Academic Parity Movement(APM)International Advisory Board Member。大学・養成所における研究倫理およびFD/SD研修の企画・登壇多数。

【利益相反の開示】本稿の執筆者は、看護専門学校向けの外部ハラスメント相談窓口サービスを提供しています。本稿は第5節で外部窓口に言及していますが、これは公表資料の記述を紹介したものであり、特定のサービスの導入を推奨するものではありません。

REFERENCES

引用文献

  • Brummer, M., & Bamkin, S. (2024). The early emergence of ombuds systems in Japanese science universities. Science and Public Policy.
  • Laschinger, H. K. S., Wong, C. A., & Grau, A. L. (2012). The influence of authentic leadership on newly graduated nurses' experiences of workplace bullying, burnout and retention outcomes. International Journal of Nursing Studies, 49, 1266-1276.
  • Ren, L., & Kim, H. (2023). Serial multiple mediation of psychological empowerment and job burnout in the relationship between workplace bullying and turnover intention among Chinese novice nurses. Nursing Open, 10, 3687-3695.
  • Rush, K. L., Adamack, M., Gordon, J., & Janke, R. (2014). New graduate nurse transition programs: Relationships with bullying and access to support. Contemporary Nurse, 48(2), 219-228.
  • Siegrist, J., & Li, J. (2016). Associations of Extrinsic and Intrinsic Components of Work Stress with Health. International Journal of Environmental Research and Public Health, 13(4), 432.
  • Spence Laschinger, H. K., & Read, E. A. (2016). The effect of authentic leadership, person-job fit, and civility norms on new graduate nurses' experiences of coworker incivility and burnout. The Journal of Nursing Administration, 46(11), 574-580.
  • Wing, T., Regan, S., & Laschinger, H. K. S. (2015). The influence of empowerment and incivility on the mental health of new graduate nurses. Journal of Nursing Management, 23, 632-643.
  • 一般社団法人日本看護学校協議会『令和5年度看護職員確保対策特別事業 看護師等養成所におけるハラスメント対応事例収集事業 報告書』(令和6年3月)
  • 厚生労働省「看護師等養成所の運営に関する指導ガイドライン」第5-1-(13)(最終改正 令和7年2月25日医政発0225第7号)

本稿が引用した研究の多くは、新人看護師または大学組織を対象としたものです。看護学生を直接の対象としたものではないため、知見の適用にあたっては一定の留保が必要です。本稿では、共通して働くと考えられる機序に限って参照しています。

チェックリストは公表資料および研究知見に基づく提案であり、これを満たせば十分であることを保証するものではありません。自校の実情に応じてご調整ください。

更新履歴

2026/08/19 公開