看護教育

その指導は、どこで「排除」に変わるのか

「適者生存」の文化と、看護学生を追い詰める構造

公開日:2026年8月19日 執筆:小野 純也(博士・医学)

前稿では、看護学生が沈黙する仕組みを、脳のはたらきと学生固有の事情から見ました。しかし、指導する側が悪意で動いているわけではありません。むしろ多くの場合、患者の安全を守るため、一人前の看護職を育てるためという正当な目的から出発しています。それにもかかわらず、なぜ指導が学生にとって絶望に変わるのか。本稿では、その転換を支えている文化的な構造を扱います。

INTRODUCTION

「良かれと思って」が追い詰める

日本看護学校協議会の報告書は、現在のハラスメント問題について、加害者とされた教職員を処分すれば解決するという単純なものではない、と述べています。「ハラスメントは許されない」という視点だけで対応しようとすると、教職員が必要な教育指導さえ控えてしまう萎縮効果の弊害を生じかねず、それは看護職を志す学生にとっても不幸である、という指摘です。

本稿の目的も、誰かを責めることではありません。個人の悪意では説明のつかない構造が、指導を別のものに変えてしまう。その仕組みを見ていきます。

THE IRONY

ケアの専門家が陥る皮肉

看護職は、患者の苦痛を緩和し、最も弱い立場にある人を擁護する専門職です。ところが、ChangとCho(2016)の研究は、看護の現場にある矛盾を指摘しています。患者を献身的にケアする専門家が、身内である新人に対してはケアを提供せず、むしろ攻撃的になるという構図です。

この二面性は、学生にとってきわめて混乱を招きます。実習先で「仏様のようだ」と言われる看護師が、記録の指導に入った瞬間に別人のようになる。学生の側は、自分の受け取り方がおかしいのではないかと考え始めます。

同研究では、新人が受ける暴力のうち、患者からのものより同僚からのもののほうが、離職意図や燃え尽きに強い悪影響を与えることが示されています。患者との関係は一時的ですが、同僚との関係は続くからです。

学生の場合、この非対称はさらに強くなります。実習期間は限られていますが、その施設での評価が単位認定に直結し、しかも学校と実習施設の関係は翌年以降も続きます。学生の側から関係を切ることはできません。

正当化の壁

なぜ、この二重基準が通ってしまうのか。Omuraら(2017)による日本人看護師を対象とした研究は、ここに「先輩・後輩」という日本独自のヒエラルキーが作用していることを明らかにしました。

先輩は絶対であるという不文律があり、後輩が理不尽な要求にも従うことが謙譲の美徳とされる。この文化的な正当化の枠組みが、ハラスメントを「教育」として通してしまうのです。

RITE OF PASSAGE

「通過儀礼」という名の思考停止

「私たちの頃はもっと厳しかった」「今はまだ恵まれている」。この言葉が、問題を永続させます。

Berryら(2012)は、看護界に古くからある「若者を共食いする」という慣行が、組織への適応プロセスとして誤認され、正当化されていると指摘しています。

理不尽な扱いが通過儀礼として正規化されると、学生は「自分が悪いから叱られるのだ」と思い込みます。そして、やがて自分も後輩に対して同じ振る舞いをするようになります。

前稿で触れたように、看護教育の現場には「適者生存」と呼ばれる文化が古くから存在すると指摘されています。学生は臨地実習という弱い立場で、理不尽な扱いに晒されやすい。その過程で、耐えることが看護職になるための通過儀礼だと誤って学習します。

これが意味することは深刻です。多くの学生は、就職する時点ですでに「声を上げても無駄だ」という学習性無力感を抱えている可能性があります。新人看護師の沈黙は、入職後に突然始まるのではありません。

TOKENISM

少数派が標的になる仕組み

特定の学生だけが標的になることがあります。男性学生、社会人経験者、他学部からの編入者、あるいは単に「雰囲気が違う」学生です。

Favaroら(2021)は、これをトークニズムの理論で説明しています。職場における少数派は、過度に注目され、集団から異物として扱われやすくなります。同研究では、男性の新人看護師が女性に比べていじめの被害に遭うリスクが有意に高いことが示されました。

トークニズムの罠は、少数派が過剰に目立つがゆえに、パフォーマンスへの圧力を強く感じ、ステレオタイプどおりに振る舞うよう強制されることにあります。ミスをすれば「やはり男性は」と属性に帰され、個人の失敗が集団の特性として語られます。

看護学校では、実習グループが少人数で固定されます。逃げ場のなさは、病棟以上かもしれません。組織が均質性を求めすぎると、そこから外れる学生は無意識のうちに排除の対象になります。

SONTAKU

「世間体」と「忖度」が排除を仕上げる

この排除を加速させるのが、日本特有の力学です。

JeckerとTakahashi(2021)は、日本の医療現場において「世間体」への恐れが、組織に馴染まない者への差別・排除につながることを指摘しています。組織の和を乱す存在は汚染源のように見なされ、排除することが正義とされてしまう。

さらにCarlson(2019)が分析した「忖度」の文化により、誰かが明示的に「あの学生を避けろ」と指示しなくても、周囲が場の空気を読み取り、自発的に距離を取る現象が起きます。

誰も命令していないため、責任の所在が曖昧になります。誰も罪悪感を持たないまま、集団的な排除が進行する。これが最も対処しにくい形です。

養成所の文脈で言えば、こういう場面です。ある学生がインシデントを起こした。教員は叱責しなかったが、深い溜息をつき「実習先に迷惑がかかる」と呟いた。翌日から、実習グループの学生たちがその学生を避けるようになる。教員は誰にも指示していません。しかし、空気は伝わっています。

GASLIGHTING

組織的ガスライティングの完成

学生が勇気を出して「つらい」と訴えたとき、学校はどう反応するでしょうか。

  • 「あなたの受け取り方の問題ではないですか」
  • 「あの指導者は熱心なだけですよ」
  • 「ここで逃げたら、就職してからも続きませんよ」

被害の事実を否定し、訴えた側の認知や正気さを疑わせる。これが組織的ガスライティングです。

訴えた学生は混乱します。自分の感じ方がおかしいのか。努力が足りないのか。組織ぐるみで「問題はない」という空気が作られると、被害を訴えること自体が和を乱す行為であるかのように錯覚させられます。そして声を上げるのをやめます。

「窓口はある」で終わらせない

HattoriとSugie(2025)は、日本の大学組織を例に、ハラスメント対策がしばしば「象徴的コンプライアンス」に陥っていると指摘しています。相談窓口や委員会といった形だけを整え、実態としては組織を守ることを優先し、被害者を救済しない状態です。

この「やったふり」の対策は、学生に「学校は自分の側ではない」という決定的な失望を与えます。そして問題は地下に潜ります。前稿で触れたように、報告書が収録する事例の多くが学校ではなく都道府県の窓口から始まるのは、この帰結でもあります。

Laschingerら(2012, 2016)の研究群が示すとおり、管理する側が波風を立てたくないという保身から不都合な事実を直視せず、表面的な平和を取り繕うとき、当事者は組織に裏切られたと感じます。これは道徳的損傷となり、離脱への決定打になります。

THE OTHER SIDE

指導する側もまた、余裕を失っている

最後に、視点を指導する側に向けます。なぜ実習指導者や教員は、そこまで余裕がないのでしょうか。

SiegristとLi(2016)の努力-報酬不均衡モデルは、その一端を示唆します。過剰な努力に対して適切な報酬(給与だけでなく、承認や支援を含む)が得られない状態が続くと、人はオーバーコミットメントという過剰適応に陥ります。

臨地実習の指導は、実習施設の看護師が通常業務と並行して担っています。教員もまた、講義、実習引率、事務、学生対応を同時に抱えています。報われない過剰な努力によるストレスは、健康被害を招くだけでなく、最も立場の弱い学生への攻撃性として噴出することがあります。

これは指導者を免責するための議論ではありません。しかし、指導者を責めるだけでは何も変わらないということは、確認しておく必要があります。個人の資質に還元した瞬間、対策は「もっと気をつけましょう」という精神論に落ちます。

本稿のまとめ

  • ケアのアイロニー:患者には優しいが、身内には攻撃的になる(Chang & Cho, 2016)
  • 正当化の壁:先輩・後輩の序列が、ハラスメントを教育として通す(Omura et al., 2017)
  • 通過儀礼の罠:耐えることが看護職への道だと誤って学習される(Berry et al., 2012)
  • トークニズム:少数派が異物として排除される(Favaro et al., 2021)
  • 世間体と忖度:誰も命令しないまま、集団的な排除が進む(Jecker & Takahashi, 2021; Carlson, 2019)
  • 象徴的コンプライアンス:形だけの窓口が、訴えを無効化する(Hattori & Sugie, 2025)
  • オーバーコミットメント:指導する側もまた疲弊している(Siegrist & Li, 2016)

これらが絡み合って、学生の沈黙が生まれます。個人の努力だけで断ち切れる連鎖ではありません。

では、養成所として明日から何ができるのか。次稿では、精神論に頼らない具体的な処方箋を扱います。指導ガイドライン第5-1-(13)が求める「相談体制」と「防止体制」を、実際に機能する形にするための考え方です。

AUTHOR
小野 純也(Junya Ono)Ph.D.

博士(医学)。株式会社コノラボ 代表取締役。PLOS ONE Academic Editor。アカデミック・ハラスメントの撲滅を目指す非営利国際団体 Academic Parity Movement(APM)International Advisory Board Member。大学・養成所における研究倫理およびFD/SD研修の企画・登壇多数。

【利益相反の開示】本稿の執筆者は、看護専門学校向けの外部ハラスメント相談窓口サービスを提供しています。本稿は研究知見および公表資料の解説を目的としたものであり、特定のサービスの導入を推奨するものではありません。

REFERENCES

引用文献

  • Berry, P. A., Gillespie, G. L., Gates, D., & Schafer, J. (2012). Novice nurse productivity following workplace bullying. Journal of Nursing Scholarship, 44(1), 80-87.
  • Carlson, M. M. (2019). Sontaku and political scandals in Japan. Public Administration and Policy, 23(1), 33-45.
  • Chang, H. E., & Cho, S. H. (2016). Workplace violence and job outcomes of newly licensed nurses. Asian Nursing Research, 10, 271-276.
  • Favaro, A., Wong, C., & Oudshoorn, A. (2021). Relationships among sex, empowerment, workplace bullying and job turnover intention of new graduate nurses. Journal of Clinical Nursing, 30, 1273-1284.
  • Hattori, K., & Sugie, A. (2025). Symbolic Compliance as Masking Human Rights Abuses: Sex-based Harassment in Japanese Universities. Human Rights Review, 26, 97-120.
  • Jecker, N. S., & Takahashi, S. (2021). Shaming and Stigmatizing Healthcare Workers in Japan During the COVID-19 Pandemic. Public Health Ethics, 1-7.
  • Laschinger, H. K. S., Wong, C. A., & Grau, A. L. (2012). The influence of authentic leadership on newly graduated nurses' experiences of workplace bullying, burnout and retention outcomes. International Journal of Nursing Studies, 49, 1266-1276.
  • Omura, M., Stone, T. E., & Levett-Jones, T. (2017). Cultural factors influencing Japanese nurses' assertive communication: Part 2 - hierarchy and power. Nursing & Health Sciences, 1-7.
  • Siegrist, J., & Li, J. (2016). Associations of Extrinsic and Intrinsic Components of Work Stress with Health: A Systematic Review of Evidence on the Effort-Reward Imbalance Model. International Journal of Environmental Research and Public Health, 13(4), 432.
  • Spence Laschinger, H. K., & Read, E. A. (2016). The effect of authentic leadership, person-job fit, and civility norms on new graduate nurses' experiences of coworker incivility and burnout. The Journal of Nursing Administration, 46(11), 574-580.
  • 一般社団法人日本看護学校協議会『令和5年度看護職員確保対策特別事業 看護師等養成所におけるハラスメント対応事例収集事業 報告書』(令和6年3月)

本稿が引用した研究の多くは、新人看護師または大学教員・大学組織を対象としたものです。看護学生を直接の対象としたものではないため、知見の適用にあたっては一定の留保が必要です。本稿では、共通して働くと考えられる機序に限って参照しています。

本稿は特定の養成所、教職員、実習施設を指すものではありません。研究知見および公表資料に基づく一般的な構造の解説です。

更新履歴

2026/08/19 公開